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東京高等裁判所 昭和30年(ナ)5号 判決

原告 小田天界 外二名

被告 東京都選挙管理委員会

主文

原告等の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等は、昭和三十年二月二十七日施行の東京都第一区の衆議院議員選挙が無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として別紙のとおり陳述した。(立証省略)

被告は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、原告等の主張事実中東京都第一区の衆議院議員選挙が原告等主張の日に施行されたこと、原告等が右選挙に東京都第一区から立候補したことは認めるが、その余の事実は不知と答弁し、なお凡そ選挙が無効となるには、その選挙が選挙の規定に違反して行われ、それがために選挙の結果に異動を生ずる虞ある場合に限られる。且公職選挙法第二百五条にいわゆる「選挙の規定に違反することがあるとき」とは、主として、選挙管理の任にある機関が選挙の管理執行の手続に関する明文の規定に違反することがあるとき、または直接このような明文の規定は存在しないが選挙法の基本理念である選挙の自由公正の原則が著しく阻害されるときを指すものである。また選挙の管理執行の手続に関する規定とは、公の選挙管理機関が行うべき行為について定められた規定と解すべきであつて、選挙管理機関が直接管理に当つていない選挙運動に関する規定、選挙罰則に関する規定等はこれに入るべきではない。而して右選挙における既成政党四派の重要政策の発表、若くは宣伝は選挙の規定に違反した場合に当らないのはもちろん、また不法不当な選挙運動、選挙干渉、或は選挙妨害となり、これがため選挙の自由公正を阻害したものと見ることもできない。たとえそのような違法状態が生じたとしても選挙管理機関の行為にもとずくものではないからそのために右選挙の無効を来すことはないと述べた。(立証省略)

理由

原告等が昭和三十年二月二十七日施行された衆議院議員選挙に東京都第一区から立候補したことは当事者間に争がない。而して原告等は、要するに、自由党、民主党、左派社会党、右派社会党、労農党、共産党の既成政党は実行不可能且無責任な政策を掲げて右選挙に臨み、これにより選挙人を欺罔して投票をなさしめたものであつて、右選挙においては自由公正の原則が著しく阻害されているから、右選挙は無効である旨を主張するを以て案ずるに、成立に争のない甲第一号証によれば、前記既成各政党がそれぞれ同号証記載の事項がその独自の政策であることを公表して右選挙に臨んだことを認めることができる。これによればこれ等の事項は右各政党が各自の主義綱領にもとずきこれを選挙後の施策の目標として定めたものであり、その実現を期して努力することを一般選挙人に約したもの(いわゆる公約)と認むべきである。しかるに右各政党において右の事項が全然不可能なものであることを知りながら敢えてこれを公表したものであること、即ち、これにより一般選挙人を欺罔することを知りながらこれを強調したものであることについては原告等の提出援用の証拠によつてはこれを認めしめるに足らない。むしろ政党の政策実行は選挙後の国会における議席数の多少、政治経済外交等の諸情勢の変動による制約の有無、実行期間の長短等によりその程度に少からぬ差異を来たすことは事柄の性質上容易にこれを認めうるところである。従つて上記の各政党の政策の発表宣伝が一部選挙人の投票心理に影響を及ぼしたことがあつたとしても、それを以て直に右選挙の結果に影響を及ぼす程度に選挙の自由公正を阻害したものと認めることはできないから原告の右主張は到底これを採用することができない。他に前示選挙がその結果に異動を及ぼす虞がある程度の選挙の規定に違反したことについては原告等において何等主張立証しないから原告等の本訴請求は理由がない。

よつて公職選挙法第二百十九条民事訴訟法第八十九条第九十三条を適用し主文のとおり判決をする。

(裁判官 牛山要 岡崎隆 渡辺一雄)

請求原因の要旨

一、原告等は昭和卅年二月廿七日執行の衆議院議員総選挙において東京都第一区の立候補者である。

二、(1) 右総選挙に当り各政党の五大公約(甲第一号証参照)その他の公約(甲第廿五号証参照)等の中には左の如く客観的実行不可能を可能と欺いた公約がある。

(2) 先づ理論上よりして、一兆円予算は各党の堅持する処である。

而して民主、自由両党は従来の施策中、多額の予算を要するものを何等止めないのであるから、新に幾つも多額の予算を要する施策の実行不可能の事は自明である。

革新派は防衛費(昭和廿九年度一千三百余億円)を削つて福祉制度を行うと言うのであるから一見出来相だが、教育費等と同様防衛費の削除は出来ない最後の線として日米条約よりしても仮に右選挙後革新派内閣が出来ても右削除が実現し得ない事は之又自明の理であり事実である。

(3) 右を実際について究明する。

(イ)、減税について、

〈1〉 民主党は法人、所得、事業税の軽減により五百億円の、又自由党は同方法により一千億円の減税を各公約した。

〈2〉 而して本年度減税に関する民主党内閣の原案は所得法人税にて三百廿六億一千余万円事業税五億九千余万円合計三百三十二億余万円の減にて公約額より三三%下回はる。

右内閣は右は所得法人税にて平年度五百十三億の減と説示し公約を実行したと言うが如くであるが、首相個人の公約も加えて本年度より即時実行こそ公約の履行である。

〈3〉 民自共同修正による本年度確定予算では、所得法人税で三百九十三億一千余万円事業税九億一千余万円合計四百二億三千余万円の減となるが之とても民主党公約額より九十七億円下回はる。

然し民自両党の公約額の和は一千五百億円でその半七百五十億円が共同公約額となるから、その額を下回はる事三百四十七億六千余万円で四六%余の公約違反である。

之に付ても平年度換算の発表があるが前記の如く公約完全実行にならない。

尚この公約違反は他の歳出施策と関係的に客観的に実行不可能のものである。

(ロ)、住宅について、

〈1〉 民主党は本年度四十二万戸建設を公約した(前年度比十万九千八百戸増)そして一般会計において五億円の増に止めたが、之とても前記減税公約違反がなければ出来ない事である。

〈2〉 右四十二万戸の中民間自力建設が廿四万五千戸で総数の五八%である。

之が対策は住宅金融保険法による本年度五十七億円の住宅融資促進である。

之は一戸当二万三千余円、又之を前年比増五万五千戸に割れば一戸当十万三千余円となるから実際はその間にある。

一戸当り五十万円は最底額であるから補助額はその十分の一である。

その他税法上の特別償却の拡張、登録税の減免、地代家賃統制令の緩和、不急不要建物の建築抑制等を発表したが、その利益は僅少である。

元来民間自力建設は政党の建設政策以外のもので、政治上は統計上のものたるに止る。

唯相当額、即ち、半額以上の補助ともなれば建設政策となるが右程度にては問題外である。

建設政策以外のものをしかも過半数を之に計上し、尚選挙終了直後初めて発表するが如きは計画的公約違反である。

〈3〉 残十七万五千戸が政府財政資金による建設であるが、予算計上の公営住宅五万二千戸の中一般住宅五万戸(前年比、一千四百戸増)その資金は百二億で前年比却つて十億余円の減になつた一戸当廿万四千円で前年比一二%強の減となる。

かくて建坪において縮少し、その中五千戸は階段含み八坪となるが如く内容において公約違反である。

次で本年七月廿六日之を四万八千三百十六戸(前年比二百八十四戸減)とし、この部分のみの公約に付き戸数においても違反した。

〈4〉 公庫住宅は本年度七万五千戸(前年比三万三千六百戸増)としたが中三万戸は一戸当り資金六万六千円に止る増改築費でこの程度では建設でない。

一般住宅四万五千戸(前年比三千四百戸増)で資金は百卅八億余円で一戸当り卅万七千余円前年比四万五千円の減となる。かくて建坪は前年迄の十五坪が十二坪と三坪減り貸付率は七〇%と一〇%へつた。之は内容において公約違反となるが、由来する処は予算上当初から不可能を可能と言つた結果である。

(ハ)、その他の公約中先づ失業対策に付き、

民主党は長期経済計画により完全雇傭の実現を期し、当面は道路等公共事業を推進吸収するため必要な予算措置を講ずると公約した。

本年度公共事業費政府原案は二千八十億円で前年比百六十三億円七・三%の減である。後自民修正にて三十億円を増し、前年比百三十三億円、五・九%の減となつた。

政府は調弁価格の引下により前年程度の事業量確保を説示するが、本年物価下落は卸売で二・〇%である。而して事業費中労働費割合を四〇%としても、資金五・九%の減は物資調弁費用としては九・八%となるから事業量確保は出来ない。

政府は労働人口は本年八十四万人増すけれども鉱工業、住宅建設、商業サービス、その他公共事業に就職の道を見出し得るから完全失業者は昨年度六十三万人を超えない」と説くが失業につき民主党が初から最も重をおく住宅及び公共事業費の合計は本年度、民自修正により卅億円を増したもので千八百十億円前年比十八億円の増である。

右増額全部を労働費として一日一人三百円、年間稼動日数三百日とすれば一日平均二万人に止る。

政府説示の本年度鉱工業生産増を一・五%とすれば前年に比較類推し吸収労働人口の増は十二万人に止る、実情は之も困難である。

尚年度の出発において前年度完全失業者五十万人に比し本年七十万人である、之に対する前記程度の施策をもつてしては前年度一日平均六十三万人の完全失業者に対し少くとも廿万人の増は避けられない。

右前年度一日平均六十三万人の完全失業者に対し失業対策費は一日平均十七万人分であつた、本年度は前年比五万人分増で一日平均廿二万人分としたが之を絶対数において前記廿万人の増と加減する時は前年比十五万人の増と拡大する、之は完全雇用実現の方向とは全く相反する。

(ニ)、遺族扶助料について、

民主党は廿九年度扶助料二万六千七百六十五円を五万三千二百円と二万六千四百卅五円の引上げを公約した。

之に対する卅年度予算は民自修正により増額して現行二万七千六百円を本年度三万一千五円と三千四百五円の増で公約額の一二%弱、又平年度三万五千二百四十五円と七千六百四十五円の増で公約額の二八%強に止る公約違反である。

(甲第四、第五号証、昭和卅年八月二日朝日新聞朝刊参照)

(ホ)、民主党は教科書無料配布を公約し即時全面的に破棄した。

教科書は小学校、学童千七百七十五万人、一人当年間六百円、中学校、学童五百六十万人、一人当年間九百卅円で総額百卅億円を要する。

(ヘ)、その他公邸全廃等列挙にいとまがない。

(ト)、民主党は役人の接待のゴルフ、マージヤン、宴会出席禁止を公約し人気を博したが全く之をやぶつた(甲第四、第六号証、昭和卅年八月五日、朝日新聞朝刊参照)

(チ)、右の如く今度の総選挙においても、当初より予算上実行不可能を了知し乍ら可能の如く詐り特に住宅にても低額所得者向の公営住宅を最近更に減じ、吸収しきれない完全失業者を前年度程度まで吸収し得るといい、遺族扶助料の引上、教科書の無料配布等、有権者の最も多い低額所得者等を計画的に欺くものである。全体を通じ民主党の批判が多くなつたが事実同党の実行不可能の公約が甚しく多くそれに比例して議員の多数を獲たものである。かくて選挙人の自由に表明せる意思によつて選挙が公明且適法に行はれたものでなく、欺罔により、自由、公正が歪曲されて行はれたもので右選挙は無効のものである。よつてその無効確認を求める。 以上

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